『エール!』エリック・ラルティゴ監督、主演女優ルアンヌ・エメラ、トークショー
『エール!』“La Famille Bélier”
(2014年 フランス 1時間45分)
監督:エリック・ラルティゴ
出演:ルアンヌ・エメラ、カリン・ヴィアール、フランソワ・ダミアン、エリック・エルモスニーノ
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
La Famille Bélier © 2014 – Jerico – Mars Films – France 2 Cinéma – Quarante 12 Films – Vendôme Production – Nexus Factory – Umedia
~耳が聴こえなくても胸に届く、魂の歌声~
本国フランスでも動員700万人超えの大ヒットを記録し、フランス映画祭2015のオープニング作品として上映された『エール!』。聴覚障害を持つ家族の中で、唯一“聴こえる”長女ポーラを主人公に、家業を助け、親たちの通訳をしながら生きている少女が夢に向かって葛藤しながら進む姿を、歌や手話と共に描いたパワフルかつハートウォーミングな作品だ。主演のルアンヌ・エメラはエリック・ラルティゴ監督に見いだされ、本作で映画デビューを飾った新人で、その歌声はソウルフルで情感に訴える魅力がある。また、聴覚障害者の家族たちの手話も、彼らのキャラクターを表すような明るさや激しさがあり、手話や歌を通じて、聴こえなくても声なき声が届く様がまさに感動を呼ぶ。上映後、大きな拍手と共に迎え入れられた同作のエリック・ラルティゴ監督、主演女優ルアンヌ・エメラによるトークショーの模様をご紹介したい。
<ストーリー>
フランスの田舎町で農家を営むベリエ家。高校生の長女ポーラ(ルアンヌ・エメラ)以外、父(カリン・ヴィアール)も母(フランソワ・ダミアン)も弟も聴覚障害者で、ポーラは家族と健常者との通訳をしながら、家業を手伝っている。熱血漢の父と、美しく陽気な母、口の悪い弟とのサイレントだが賑やかな家族の日々を送るポーラは、ある日学校の音楽クラスでその歌声の美しさを担当教師のトマソン(エリック・エルモスニーノ)に見いだされ、パリの音楽学校のオーディション受験を勧められる。しかし、ポーラの声が聴こえない家族は大反対。ポーラも一時は夢を諦めようとするのだったが・・・。
―――家族の手話が中心となって成り立つ話をどのようにして思いついたのか?
エリック・ラルティゴ監督(以下監督):日本でいう芸人の娘で、私の父親のアシスタントをしていたビクトリア・ジュドスという女性が書いたシナリオを目にしたのです。彼女は、本作のルアンヌのように家族の中で自分だけが健常者で、他の家族は聴覚障害者でした。私はそこから10か月かけてシナリオを脚色し、また別のシナリオを作り上げました。
―――映画化するには難しいと思わなかったのか?もしくはすぐにやりがいがあると思ったのか?
監督:もちろん(難しいと)思いました。この映画は色々な要素があります。手話だったり、手話をしながら歌うなど、当時はまだルアンヌが思春期で、集中力もなかったですから映画化するのは難しいかなと思いました。でも、映画を撮るたびにドキリとするのが楽しいので、今回はルアンヌにドキリとさせられました。
―――本作に出演するまでにシンデレラストーリーがあったと聞いているが、ルアンヌさんの出演の経緯は?
ルアンヌ・エメラ(以下ルアンヌ):フランスで『ザ・ボイス』という音楽オーディション番組に出演した私を見て、監督が採用してくれました。スクリーンテストも最低だったので、なぜ私がこうなっているのか今でも分からないぐらいですが、ともあれ、今こうしてシンデレラストーリーを歩んでいるわけです。
監督:確かに一回、二回、三回と全てのスクリーンテストはダメでしたが、無意識のうちに何らかの化学反応が起こったのだと思います。彼女はとても瑞々しく、自然さを持っていて、素晴らしい歌手でした。3秒見て素晴らしいと思ったものを、映画を撮るときには1時間半続けなくてはなりません。今回は、なんとか成功したと思います。
―――ルアンヌさんが撮影中に一番難しかったことは?また撮影前にどのような準備をしたのか?
ルアンヌ:演技を覚えることが一番難しかったです。私自身は歌手ですから、映画で出演して演技をした経験がありません。本作が初めての演技経験でしたが、監督は随分私を助けてくれました。また、(準備という点では)本作のために一日4時間の手話レッスンを4か月間受けました。ただ元々外国語を覚えるのは得意なので、その点は有利で、新しいものを体得することへの好奇心がありました。やりたいと思って好きなことをやることは、そんなに苦にならないものです。
―――カリン・ヴィアールさん、フランソワ・ダミアンさんというフランスを代表する俳優との共演は?
ルアンヌ:はじめは私自身も彼らと一緒に仕事できることに感動したり、ドキドキしていましたが、すぐに二人は演技の助言をしたりしてくれました。
監督:二人に手話をやってもらいましたが、手話はある意味ダンスの振り付けのようで、視覚的に動きの多いものです。手話のリズムを私はまず覚えなければなりませんでした。手話を見て、実際に聴覚障害者が理解しなければなりません。映画でも手もとが映らなければいけないわけで、常に画面のフレームの中に納まるように気を付けていました。
―――次に演技をするのなら、歌も含めた作品にしたいか?全く別のことを演じたいか?
ルアンヌ:今のところ分かりませんが、次回作で歌わなくてもいいと思っています。(監督に泳ぐことにしたらと言われ)じゃあ、泳ぐ役を書いてください。とにかく色々な役に挑戦したいと思っています。
―――後半ポーラが発表会でデュエットするクライマックスのシーンで、なぜ二人の歌声をなくしたのか?
監督:音を消したシーンは、私としては(観客の皆さんに)聴覚障害のある両親の身になってほしいと思いました。あのシーンで音を消すことで、健常者が彼らの感覚を味わうという意味合いがありました。プロデューサーは音を消すことにとても反対しましたが、結果納得してくれました。あそこで聞かせないことによって、父親がポーラの喉に手を当てるシーンに感動を持っていくことができました。
配給会社の方と相談中ですが、本作は難聴や聴覚障害をお持ちの方のためのバージョンも作っており、字幕の他に色を変えて、ここでドアが閉まったとか、音楽が入った等を示していますので、上映会の時に選べるようにして使っていただければと考えています。
聴覚障害者の身になってほしいという意図で作ったシーンの話の後に、エリック監督が客席に「この会場の中に聴覚障害の方はいますか?フランス手話と日本手話では違いがあるかもしれないので、全て分かりましたか?」と問いかける一幕も。客席から男性が返答し、手話で「素晴らしくて本当に泣きました。ブラボーです。全て理解できました」と喜びを伝えると、ルアンヌさんがすかさず監督の言葉を手話で伝え、また手話を訳し、まるで本当に『エール!』のポーラがそこにいるような感動的な出会いで、トークショーは幕を閉じた。
このルアンヌさんと会場の聴覚障害のお客様との手話のやり取りを見て、エリック監督は最後に「聴覚障害の方のコミュニティーは本当に素晴らしい。フランスで聴覚障害を持っている方々も、日本で上映しても、国による若干の手話の違いがあってもある程度の理解はできると言っていました。例えば、(フランスの)健常者が日本の言葉を覚えるには最低でも15年はかかるが、手話は短期間で覚えることができ、外国に行ってもコミュニケーションが取れるというのは、本当に素晴らしいと思う」と手話によるコミュニケーションは世界共通言語であることを改めて実感した様子。手話シーンの多さや、演技経験のない新人を起用しての映画づくりを熱意をもって進めてきた監督と役者たち、そして聴覚障害者の方たちがより楽しんでいただけるように別バージョンも作ったという話に、映画を作るだけでなく、聴覚障害者の方々に届けることを真摯に考えた作り手の思いが会場のお客様にしっかりと伝わったことだろう。
尚、エリック・ラルティゴ監督によるティーチインは、6月29日(月)フランス映画祭2015大阪会場のシネ・ヌーヴォにて『エール!』上映後に開催予定だ。劇場公開は、10月31日にバルト9他にて公開予定。(江口由美)